武蔵野台地の土の下

ハンネのおおよそ1/250の頻度で更新

C105出展レポート

おはようございます、ちさとしです。

みなさま、C105お疲れさまでした!素敵な出会いはありましたでしょうか。

私の方はブルアカ評論合同というのを企画していまして、今回のC105ではそれを出させていただきました。

これまでに書いた同人活動系の記事を受けて書いているので、過去作もあわせて読んでいただけますと幸いです。ただ今回は一応この記事だけで完結するようにはできているはずです。

前作はこちら↓

cst-oshino.hatenablog.com

申込・出展に至るまで

切符を切れ

まずC105へ申し込んだ経緯ですが、前回ようなストレートな理由ではありません。というのもあいの風本をもって私のストックは消費され尽くしてしまい、あとは他の合同誌の寄稿用に温めてある文章*1しか残っていなかったからです。

それでも私が申し込みたいのはやはりC104に心残りがあったから。

・スケジュールがギリギリすぎて十分に紙面を練れなかった

・そのため当日ペーパー等も満足のいく形ではなかった

・設営面で工夫できなかった

これを長く引きずっているわけにもいかないんですね、何より来年(いまの今年)は出られるかどうかも怪しいから。ならば年の変わらないうちに回収してしまおうというわけです。

あと最後の設営面の話に繋がるのですがこれやりたいなが発生して申し込みたい気持ちが急上昇しました。青葉小路ではよく自作硬券を製造して会場で渡しているのですが、これを使って遊びたいことを思いつきまして(内容は後述)。そのために何かしら絞り出したいのですがさてどうする。

思いつきを実行するにはブルアカで出す必要がありました。しかし絵も小説も書けない私一人では一冊仕上げることができません。そこで合同という形を取りたいと思い某所に相談したところ肯定的な意見が多かったこともあり申し込むことになりました。

この際、内容を評論合同とすることにしました。これは単に私が出展・寄稿できるだけでなく評論記事を書きたいという需要が一定数あったのを拾うという目的もありました。自分の書いた文章が本に載ってるという経験をみなさんにもしてもらいたかったのです*2。自分の欲だけじゃ理由として足りなくないです?と囁いてくるもう一人の自分はこれで封殺しました。

もうひとつの青春のアーカイブ

今日も編集進まない

前回の反省からスケジュールには相当余裕を持たせました。しかし結局編集作業のほとんどは最後の1週間で済ませる*3、と果たして学習できているのだろうかという内容でした。それでもかなり余裕があったように思うのは少しでもスケジュールを組んでおくことの大切さ、でしょうか。

今回は本だけでなく、長らく用意できないでいた名刺、前回は刷らなかったポスターの発注にも成功。万全の装備を整えて会場へ向かえることになりました。

本の編集にあたっては、計画段階から目指したかった雑誌チックなデザインに挑戦してみました。端的に言えば「むすたば」*4の方向性です。もちろん丸々そのままでは新規性がありませんので色使いのような雰囲気だけ貰ってきてあとは天に祈ります。

原稿を出してもらうにあたってこちらで組むよということを断ってありましたが記事によってはかなり大胆なレイアウト破壊に。色はブルアカらしい透き通る青、見開き2ページだけピンク色を挟んであります。手に取ったみなさまに幸運が訪れますように。まあ原稿の形式細かく指定するよりは自分で全部組めばいいじゃんといったところが割と本音ではあるんですが。

いただいた3記事それぞれ別々の方向性を取りましたが、しばうみ先生の記事だけ毛色違くね?というツッコミを本人からされたりしました。画像多いから仕方ないだろうが!!

小ネタも多少は仕込んでありますので気付いたら笑ってやってください。

……ところで「いただいた3記事」って……お前の原稿は?と気付いた方、鋭い。落としました!!!私に編集と寄稿を両方こなす力はまだなかったようです。もっともこれは設定した締切が自分の寄稿を想定しない時期だったからというのもありますが……欠陥?

国際単位系とは前回お互い限界入稿し、今回はお互い落とした仲間ということに。次はお互い完璧な入稿を目指そう。

ちなみに名刺も(結構わかりやすいですが)意味を持たせたデザインになってます。

もうすぐだ

さて……何か忘れてる気がしますね。そう、最初に動機だった硬券ですね。あをもみじ先生から一式はもらっていたのでやろうと思えばいつでも作れる……ということで例によって前日作業です。とはいえ自宅にスペースがなく別の場所を借りて行うことになる=深夜まで持ち越せない、ということで時間帯的にはかなり健全になりました。常態化していた前日夜作業をついに解消!よかったね、成長だね!ペーパーは今回刷らないですし安心して寝ることができます。

できあがった硬券はこんな感じ。冬コミからふぇすへの切符です。本来これで売り上げ管理するつもりだったのですが、ふぇすの当落について想定外の事態が発生したためそこは取りやめになりました。

大きな海、大きな空、大きな逆三角、"みんな"のBig Sight

1日目(12/29)

当日は特に絶起することなどもなく(なおしっかり忘れ物はする)会場へ辿り着きました。今回の売り子は寄稿者のひとりであるしばうみ先生に依頼しました。ギャラリーとしてシロコぬいと結くん*5がやってきて賑やかなスペースになりました。一方2人ともキャリーを持ってきたため激狭に……。

ん。

いざ開会!2日目の知り合いの比率もそこそこ高い中でたくさんの方に来ていただきました。

挨拶回りは捗りました。同じブルアカ地区にサークル出展している知り合い先生が多く、新刊片手に歩き回りました。

それにしてもブルアカ地区は人が多い、そして空気感も前回の鉄道島とは全然違いました。ジャンルによる文化の違いはよく言われますが、身をもって体験した形になります。

……ところで既刊も頒布してたのですが、ブルアカ大陸の割と中心で2日目のオタク2人であいの風とやま鉄道の本を売ってるの謎のサークルすぎますね。でも地味に出ていきました。

編集作業の頃からのフランス時間より遅い生活が祟ったか当日は妙に元気がなく、おつかい+知り合いに会う+きら同に寄るために一瞬456ホールに行った以外は配置された場所からほとんど動けず終わりました。西なんて行けるはずもなく。

終了後は知り合いの先生方と宴でした。多分今までの食事会のなかで最多人数でした。何だかんだ1年半くらいの付き合いになりました。

本当に何もやることがない1日目の夜最高!

2日目(12/30)

この日は毎年恒例の幻像狂感光協会にて売り子です。今年はダイレクトアタックはできないのでお祈りしてましたが起床できた模様。2日間ともサクチケで入るのは今回が初です。

今回は開幕で西へ亡命遊びに行きました。昨日の売上分もあったからか数開催ぶりの大散財をかまし「なるほど、これが同人誌を売ったお金で同人誌買う、ということか……」と経済を理解した気分に。

スペースの方はというと東ドイツ・中国・ロシアと東側カメラのサークルが3つ並び、並ぶカメラの数も相俟って壮観でした。

昨日と違いいつもの空気は安心を覚えるとともに改めて1年の終わりを感じさせてきます。やっぱこうでなくちゃね。

このあとはいつもの打ち上げを行って2日間終了。例年と違い大晦日を残しているので長めの余韻に浸っていました。

おわりに

大事なものから紐を解く

まず今回の合同に寄稿いただいた葵先生・篠月まな先生・しばうみ先生、表紙と装丁アドバイスを下さったあをもみじ先生、そして応援してくださった・手に取ってくださったすべての皆様に、この場を借りて感謝申し上げます。

このC105では、前回の初出展での経験をもとに装丁面で自分がやりたいことにフォーカスしました。中身については聞く限り好評をいただいており私としては嬉しい限りです。

さて、次は何をしましょうか。「次」が出せるように今作はvol.1を振りましたし、まだまだもっと厚くできますし*6、或いはまた別のことをする、という案もあります。絶賛考え中です。

これは実現するんでしょうか。人が集まれば全然やれます……本当に?

2024年 潜り抜けてみれば

22年以降、毎年シンプルな目標を立ててきました。この年の目標は……

私はどのくらいみなさんのためになれたでしょうか。コミアカの代表や合同誌の主催だけでなく、コミュニティ内イベントの主催もやっていました。全体的に他人駆動すぎる、というのはありますが少なくとも2023年よりは積極的にやれたのではないでしょうか。

話変わって今年はこんな目標。温かく見守っていただければ幸いです。

そんなわけで、今年もよろしくお願いします!

*1:Micare3に掲載の「後藤ひとり通学考察・検証編」。

*2:だからこそ私は同人やってるってところもあります。ある意味ではコミアカもそう。

*3:12月上旬までに校正までを大方終わらせていましたが、組版開始は12/13、入稿は12/18でした。

*4:ぼざろ合同誌「結ぶ、束ねる。」です。私も寄稿させていただきました。当ブログにて全文公開しています→

【全文公開】後藤ひとり通学考察 - 武蔵野台地の土の下

*5:東海汽船のマスコットキャラクターだそうです。見に行ったら6人くらいいてびっくり。

*6:まだ0.25Micare2です。1.5Micare2の本だって今回出てますし。その場合印刷費がとんでもないことになりそうですが……。

「かみねぐしまい」の聖地?に行ってみた話

おはようございます、ちさとしです。

当ブログもアドカレのためだけの存在ではなくなってきました。いいことですね。

ただしこの記事はきらら同好会 Advent Calendar 2024の6日目の記事です。今年から他大のきらら同好会も加わりパワーアップしております。

adventar.org

前日、5日目の記事は東北大学きらら同好会の下手好き先生による「いい29の日に『サクランボッチ』の聖地を特定した話」でした。聖地特定……おや?

tohokuuniv-kirara.hatenablog.com

明日7日目は当会初代会長・500mL先生による記事が予定されています。

君は「かみねぐしまい」を知っているか?

今回のテーマは「かみねぐしまい」。現在まんがタイムきららにて連載中、とある姉妹が神様の子供を拾ってしまい……というところから始まるお話です。簡単なダイマポイントとしては

・神様がとにかくかわいい

・仲が良いのか悪いのかわからない二人

ですかね。作者の若鶏にこみ先生は過去にもきららで連載経験があり、その描く"関係性"はよくオタクの間で議論されるところになります。

前作と比べるとちょっとだけ闇がある感じです。真相は……興味を持ちましたらぜひ自分の目で。

houbunsha.co.jp

ちなみに私は「少々わかるあらすじ」の系譜を継いでるキャラ紹介が好きです

で、本題は?

私がきら同アドカレに投稿するときって作品そのものへの言及はそこそこなんですよね。今回も例外ではありません。

そもそもにこみ先生の前作「ぎんしお少々」にハマったきっかけはカメラではなく作中に出てきた土地がわかってしまった結果作品全体に興味を持ったという流れなんです。にこみワールドに浸かるのは後出しなんです。もちろん、極めて優れている(この言葉さえ懐かしいのですが)からこそなのは言うまでもないですが。ぎんしお少々に出会ったのが初めて成田に行って割とすぐの頃だったのが悪いんですよ~!

ということで今回も聖地の話ということになります。1話の時点で真っ先に目が行きましたがすぐにはどこなのかわかりませんでした。目立つランドマークみたいなものはありましたがわかりやすいものでもないのでこれはお手上げか……?となりました。まあ東京近辺ならこのあたりか……という見当はついていました。

状況を変えたのは東京スカイツリーの登場で、これによって場所が大きく絞り込まれ1話に登場した橋がどこであったかも確定しました。

今回はその1話に登場した橋のあたりを今日見に行きましたという回となります。はい。とれたてです*1

橋は旧中川にかかっており、都営新宿線東大島駅の北側に位置します。ちなみに東大島駅は地下鉄なのに高架駅であり、川の上にホームがあるという少々変わった駅です。*2

2人が歩いていた橋

ツギノが駆け下りた階段

上流側を眺める 途中の1コマ

こういう名前の橋らしい

京王沿線だったこともあり路線図では馴染み深いところですがここを通るのは実に2年ぶりだったらしいです。駅に降り立ったときは例のウォークを思い出したりもしました。

今回は取材していませんがほかには錦糸町なんかも登場します。

おわりに

実は冒頭数話を読んだ後きらら自体を追うのをやめていたため1巻範囲を読み切ったのがこの記事を書く数時間前です。1年分のにこみワールドを摂取して急性中毒になりかけながら書いております。

そういえばよく前作の二次創作(二次創作の定義って……)を投稿されますよね。こういうの本当に身体によくないと思います。いつかどこかでちゃんと本編の内容で一本書きたい気もします。

ということで毎年恒例の巡礼記事でした。なんか、年を経るごとに雑になってきている気がしますね……。来年はあるのでしょうか。

*1:もっとも行くこと自体は判明したときから計画していましたが後ろへずれにずれてこうなりました。アドカレをかみねぐしまいで書くと決めてようやく推進力が発生したともいえます。

*2:少し南を走る東西線も地上に飛び出します。都営新宿線荒川放水路の対岸にある船堀駅を過ぎると地下に戻りますが東西線は終点西船橋駅まで地上に出たままです。

【全文公開】後藤ひとり通学考察

注意事項

この記事は東京大学きらら同好会の合同誌「結ぶ、束ねる」(2023年3月18日発行)に寄稿したものです。このため、本文は発行当時までの情報に基づいて書かれていることをご了承ください。

また、再録にあたり内容を一部編集しています。

この記事は、後藤ひとり(記事中では「ぼっちちゃん」)の通学・ライブハウス通いの経路について考察しています。この記事で推測している内容はあくまで推測であり、実際の設定と合致する保証はありません。そのためこの記事で挙げている施設やその周辺に迷惑をかけるような行為(情報の断定、敷地内無断撮影など)はお控えください。

本文

はじめに

こんにちは、ちさとしです。きら同の合同誌には今まで写真やちょっとした文章を載せてきましたが、記事を書くのはおそらく初めてですね。そんな今回のネタはズバリ「通学ルート」です。は?と思われる方がほとんどでしょう。
この作品、主人公の家と主要な舞台であるライブハウスの最寄り駅が分かっているという滅多にない条件が整っていて、なんというか、自分自身(現状)そこそこ時間をかけて大学に通っているので、無性に調べたくなってしまったわけです。後述するように情報量は全然多くないので完全な特定は難しいでしょうが、それでもやれる範囲でやってみよう、というのが事のいきさつでございます。

条件

では秀華高校はどこにあって、ぼっちちゃんは一体どのような経路で通学しているのでしょうか。まずは現時点で与えられている情報を整理してみましょう。

実家の立地

この作品には駅を含む金沢八景界隈がよく登場することから、ぼっちちゃんの自宅は神奈川県横浜市金沢区にあるものと考えられます。最寄り駅も金沢八景駅とみてよさそうです。
ではその金沢八景駅の事情を見てみましょう。金沢八景駅京急本線・逗子線の駅で、モーニング・ウィング号*1を除く全ての種別が停車します。この駅からは電車1本で横浜・京急川崎・品川・都営浅草線内などに出ることができます。アニメ11話にも、京急の電車に乗るぼっちちゃんのシーンがあります。ぼっちちゃんの家は金沢八景駅から比較的近くにあるようです*2

秀華高校の情報

秀華高校はぼっちちゃんの発言(原作4巻「あっいつもライブハウスと駅の間を往復してるだけなので」)から下北沢にはない可能性が高いです。アニメ3話でも、高校から電車で下北沢にたどり着いたと思われる描写があります。なお、秀華高校の建物は実在のモデルがあることが分かっていますが、場所が横浜市鶴見区(神奈川県内)*3でありそのまま採用すると県外通学であることに矛盾するので、今回はあてにできなそうです。

所要時間

「2時間かけて通学している」とのことですが、金沢八景から都内は1時間~1時間半程度であることから、この数値は自宅から最寄り駅、高校最寄り駅から高校までの時間が加味されていると考えられます。

絞り込み

ただ、首都圏は鉄道網がこれでもかと張り巡らされており、これだけの情報があっても何も分かりません。複雑すぎて覚えられる気もしないです(泣)。さらに肝心の高校の位置情報が全くありません。都営線やら京王線やら言っていたのは後藤家〜STARRY間のルートであり、高校への・高校からのルートではありません。そして作中の高校からの移動と考えられるシーン遷移では移動が悉くカットされているため、直接的に場所を特定することは不可能です。とはいえ、ぼっちちゃんが使っているルートを絞り込めそうな情報は原作で時々提示されています。いくつか、それらの情報を持ち込んでみます。


アニメ5話:ぼっちちゃんが京王井の頭線下北沢駅の下りホームに立っています。自宅と高校どちらへ行くのかは分かりませんが、とりあえずライブハウスからは井の頭線下り(吉祥寺)方面を利用するようです。


2巻4話(アニメ10話)小田急新宿駅で人混みにひどく気圧される描写があることから、この駅は使っていないと見てよさそうです。


4巻2話:ぼっちちゃんが向きを間違えて渋谷に着いてしまいます。井の頭線渋谷駅の相対的な構造・位置や作中の怯えた描写から渋谷駅は通っていないと考えられます。同時に(上述の下北沢駅の描写も踏まえると)ぼっちちゃんはライブハウスから自宅への移動に京王線を使っていると考えることができそうです。


アニメ11話:電車で学校に向かっている(と思われる)ぼっちちゃんのシーンがあります。ここで登場する電車は網棚や仕切り板の形状から、京急1500形と推測できます。金沢八景から出るには基本的に京急を使うことになるため、情報量はそれほどないといえます。


以上を踏まえると、都心を経由していると仮定すれば、ぼっちちゃんは京王線新宿駅経由で下北沢に向かっているのではないかと推測します。
これに関してはぼっちちゃんが駅の人混みにやられるタイプだと新宿駅に耐えられないのではないか?という説があります。確かに京王線新宿駅は路線の起点ですが、都営新宿線に直通するための新線新宿駅とよばれるホームが存在します。そのまま都営新宿線に抜けるのであれば、そもそも新宿駅で電車を降りる必要がありません。なお都営新宿線を東進すると京急線の電車が直通する都営浅草線など、横浜方面へ直通している路線との乗り換えが可能であり、その点でも整合性があります。新宿〜下北沢間で京王線小田急線の普通運賃は同じなので時間はともかく金銭的なロスはなく*4、「そのほうが都合が良いから」京王線回りをしていると考えるとこのような回答になります*5
都心側は地下鉄網が複雑ですので山手線の内側や東側のルートは断定できません。ただこれまでの議論を踏まえるとありえそうなのは
京急線〜都営浅草線
東急東横線東急目黒線東京メトロ南北線都営三田線
あたりになるかと考えられます。
 

経路1(京急線~都営浅草線

経路2(東急東横線~〜東急目黒線東京メトロ南北線都営三田線




逆に、そもそも都心にない可能性もあります。その場合でも下北沢駅小田急線の利用がないことから小田急線沿線にあるとは考えにくく、また県外通学という条件を考えると、
JR横浜線京王相模原線
・JR南武線京王線京王相模原線
とやはり京王線沿線にあると考えられます。

経路3(JR横浜線京王相模原線

まとめ

「後藤ひとり通学考察」と銘打ってぼっちちゃんの通学ルートを考察してみようという謎記事でした。ぼっちちゃんが長距離通学であること、ルートに関する情報がゼロではないこと、そもそも現実の地名を舞台としていることなどがあったがゆえにこのような行為ができたともいえます。結論としては、
①ぼっちちゃんは金沢八景〜下北沢の移動に京王線を利用している
②ぼっちちゃんの通学ルートは
・都心経由ならライブハウスへ向かうのに京王線新線新宿〜明大前〜下北沢を利用している可能性が高い
・高校が多摩地区にあるなら、京王線利用の可能性が高い
残念ながら高校の場所は確定できませんが、ライブハウスまでの経路を加味すると実はかなり絞り込めるのではないかというのが今回の結論になります。
もしかすると今後6巻範囲以降で新たな情報が得られるかもわかりません。期待しておきましょう。

余談

きら同会員にこの話題を持ちかけたところ個性あふれる様々な意見が飛び出しました。なかでも一番ぶっ飛んでいたのが「灰化して空を飛んでいく」というもの。「後藤の体は人間の体ではない」*6とは原作者の談ですし、劇中でも塵と化したり爆発したりする描写はありますので考えられなくもないですが、残念ながら電車通学の描写自体はあるため候補からは外れてしまいました。
「忘れてやらない」の歌詞に登場する「準急列車」は多摩・相模・横浜方面だと小田急線と東急田園都市線でしか走っていませんが、これは流石に語感を考えて種別を選んだのだと思い両線とも候補から外しています。
その小田急線について、原作2巻(アニメ9話)では下北沢から片瀬江ノ島まで電車1本という発言がありましたが、残念ながら2022年のダイヤ改正での藤沢駅系統分断により下北沢駅から下り片瀬江ノ島行きが消滅したため*7、現在は1本で行くことができなくなってしまいました。作中では2017年との設定があるため描写自体の整合性はあるといえますが、「現実にあったものの最早体験することができない」内容があるというのは聖地消滅と似ていて、巡礼を少しかじっている身としてはなんだか悲しいですね。

*1:京急線で朝に運転されている座席指定列車です。

*2:アニメ7話冒頭に「追浜園」なる施設が映り込んでいますが、この施設が金沢八景駅から300mほどのところにあります。このシーンで「ぼっちちゃんの家まであと少し」という発言があることからも、ぼっちちゃんの家が金沢八景駅を最寄りとしていることが窺えます。

*3:内藤★スケッチブック聖地マップ. Twitter. https://twitter.com/Knightou/status/1607019096172003328 (2023年2月3日閲覧)

*4:ただし通勤定期を利用する場合、小田急線のほうが安くなります。

*5:というかここを考えすぎると閾値はどこなのかという話になって破綻してしまうので、具体的に言われていないぼっちちゃんの混雑耐性は考えず与えられた情報のみを利用する方針としました。

*6:はまじあき. Twitter. https://twitter.com/hamazi__/status/1143226178976661504 (2023年2月4日閲覧)

*7:片瀬江ノ島発の上り新宿行き(急行、平日は相模大野から快速急行)は1本だけ存在します。また下北沢駅は通過しますが、特急ロマンスカーは変わらず運行されています。

C104出展レポート

こんにちは、ちさとしです。

C104にてついに自前でのサークル参加を果たしましたので、報告を兼ねて色々書いていきたいと思います。

更新しようとブログの編集ページを開いた瞬間昨年分のレポートを書いていないことを突き付けられたため、そこから書き始めることになってしまいました*1

昨年分はこちら↓

cst-oshino.hatenablog.com

 

申込・出展に至るまで

たべのこし

2022年末に「2023年のやりたいこと」として以下の2点を挙げていました。

このうち「北海道上陸」については、2023年3月に達成しています。

一方で「新刊出す!」は、達成できないまま終わっていました。まあ2023年はリアルの大事なことが多すぎたのが悪いと言い訳できるのですが、それを考えれば今年がラストチャンスともいえるわけで。C103で挨拶した人*2に「次は新刊出す」と言ってたのもその表れでしょう。

しかし「出す」と言っているだけでは本は出ません。2023年の自分がそのことを証明してしまっています。

ではどうするか?答えは簡単、締切を作ればいいのです。古来より伝わる最強の手法です。

さてこれで逃げ道は封じられました。一体どうなってしまうのでしょうか……?

どうする?

申し込みは「あいの風本」で行いました。数年分の蓄積があり作業量を抑えられること、十分な新規性を確保できることが決め手でした。初回なのであまりに尖らせたり人気部分に突っ込んだりするよりは軽く始めて少しずつ慣らしていくのがよいという判断もありました。しかしながら内容や構成がまったく定まらないまま、気付けば当落発表を通り越してコミケ1ヶ月前にまでなっていました。

新刊あれと言った。すると新刊があった。

夏の限界入稿!ちさとしと消えた1ヶ月半の謎

実際に本の制作に取りかかったのは7月の第4週。当落発表からの1ヶ月半はいずこへと消えてしまいました。

私たちは神ではありませんから、ただ祈るだけでは新刊はできません。手を動かす必要があります。

お前は1年前に一体何を学んだんだ……。

とはいえ筆が乗れば物事が進むのは速く、実質2日程度で文章は完成を迎えます。

最後の週末を迎える前に、本の前半部分を担う「ダイヤ改正振り返り」の叩き台がとりあえずできました。文章さえできてしまえばこっちのもの、あとは組版して入稿するだけ……本当に?

完成されし装丁を求めて~河川敷の組版活動

もうひとつのコンテンツ「列車変遷表」ですが、試しに組んでみたところ片道を富山で分割したうえでそれぞれ見開き必要ということが判明。当初は4ページで済むと思っていたのですが、見積もりが甘過ぎました。

この変遷表はひたすら文字とブロックを並べていくだけの虚無作業ということもあり、まったくやる気が起こらずここでさらに3日消えました。

実は入稿作業は初めてではなく、春にコミアカ合同誌の装丁を担当しています。しかし組版がどうしてもわからず時間もなかったためほかの経験者に丸投げするという事態になってしまっていました。しかし今回は単独作業のため逃げ場がありません。

この頃になると生活習慣もひどいものになっており、朝7時頃に寝て昼間に起きるという限界生活を通り越した何かが常態化していました。

そんな酷すぎる作業の日々でしたが、締切にはどうにか間に合わすことができました。作業時間を自分で削ったせいで凝りまくりとまではいきませんでしたが、

  • 新北陸色デザインの表紙
  • あいの風のテーマカラー2色を配置
  • 改正振り返りページでは案内ディスプレイ風のタイトル表示

など、「とりあえずやりたかったことはやれた」という仕上がりになりました。

結局、最後の3日間だけでそのほとんどを製造していました。空きスペースの調整が思いのほか大変で、コラムを無理やりねじ込んだり使えそうな写真を漁ってくるなどしていました。

周囲が次々と入稿していくことに焦燥感を覚えながらも、8月2日深夜の日付が変わるころにそれは為されます。

ツイートの瞬間に同志2人*3からRTされTL上で三分裂しました。入稿の喜びはいくら分かち合ってもよいとされる。

全てをギリギリまでやらなかった結果、入稿直前に多数のミスを発見し修正するということになりましたが気付いただけよしとしましょう。

本当にそうだ。

当日までの日々

C104 1日目

まずこのサブタイを見て:thinking_face:になったあなたは間違っていません。なんとまたしても1週間を消し飛ばし新刊を受け取って足りない資材を補填する以外のことをせずC104が始まってしまいました。本の説明不足になった部分を補うためのペーパーを作成する必要があったにもかかわらず、です。しかし本文を2日で仕上げた成功体験に胡坐をかき、1週間なら余裕→最後の2日でなんとかなる→当日朝に刷れればヨシ!とどんどん後ろ倒しに。本当によくないので真似しないでくださいね!

それはさておき1日目。ちゃんと朝起きるために早めの就寝をしたはずがそう簡単には睡眠サイクルは戻らず2時起き→二度寝→7時起き。駅への道中でリストバンドを忘れたことに気付きUターンするなど平常運転で、10時過ぎに待機列、12時頃に入場となりました。

予想はしていましたが流石の暑さで、目的のものを一通り回収したあとは一目散に帰宅しました。東西移動しなかったのは初めてかもしれません。コミアカやそれ以前から長く顔を合わせていない方も多く、とりあえずみなさん元気そうで一安心しました。

C104 1.5日目

さて帰宅すると戦利品の整理もそこそこに残された作業が始まります。去年は「まさか前日の夜に……」的なことを言っていましたがもはや何とも思いません

すいかもんが串野とぐ子さんと寝てるのに若干フラストレーションを覚えながらも、予想通り文章はあっという間に進んでいきます。

安心してください、もう私もそっちの人間です。そもそも前夜作業初めてじゃないし。でもあの時(C101)は1時くらいには決着ついて寝てたからやっぱり今回から堕ちてますね。

この作業中(当日3時台)に本体のミスに気付いて訂正を追加しペーパーは完成します。なんと朝4時、サークル参加者は起きはじめる時間帯です。私は一体どこで間違えたんだろうか……。そのペーパーにもミスがあって現場訂正することになるのはまた別の話。

C104 2日目、初のサークル参加

逆三角の中へ

いくらサークル入場とはいえこの暑さに半ば徹夜で突撃はまずいと判断して1時間半ほど休眠を取り、ペーパーを刷って出発します。

過去2回より遅くなりましたが時間内に入場を果たします。3回目ともなるともう色々と手慣れたもので、設営はあっという間に完了しました。

今回はいつものれんず先生に売り子を頼んでいました。前回のような荒療治*4は使えないので事前にチケットを渡した上で念を押しておきましたが、どうやら「寝ない」ことによって解決されたようです。

れんず「殺伐とした鉄道島にKievが!」

新刊とにぎわいと高い天井

配置されたスペースですが、ホールの中間の壁寄りということもあってとにかく風通しが悪く熱がこもり、自分の吐息すら涼しく感じるレベルでした。睡眠不足もあって座ってる間もちょっと気を抜いたら意識が飛びそうでした。れんず先生はどうして無事だったんだ……?*5

あとはいつものコミケです。挨拶して、差し入れを貰ったりして、おつかいに行って、欲しいものを買って。

すいかもんが西で売り子しているので終盤に会いに行ったら見せつけてきました。楽しそうで何よりでした。

忘れてやらない

そんなこんなで無事閉会を迎えました。今回は鉄道島のど真ん中ということで三本締めにもガッツリ参加。いろんな意味で「アツかった」C104は終わりを告げました。

その後はいつメン(ただし今回は人数少なめ)で打ち上げを行い、帰宅。流石に疲れすぎたか、その日は10時間以上眠れました。

結局、新刊は思った以上に売れていきました。普通に10も出ればいい方だと思ったのですが、即売会の魔力とは不思議なものですね。

おわりに

コミケなしでは終われない

今回コミケに申込み、そして新刊を出すに至ったのはこれまでの間にみなさんから頂いた知見、刺激のおかげに他なりません。この場を借りて感謝を伝えさせていただきます。本当にありがとう。

このC104は私の知り合いに大事なものが控えている*6ことが多く、また違うコミュニティに手を出したこともあり、普段とは全く顔ぶれが異なりました。そのような変化はありましたが、コミケコミケとしてそこに在りました。ジャンルや相手が何であろうが、それぞれの形態の参加者が一体となって作り上げる「大人の文化祭(by 国際単位系*7」であることには違いませんし、今後も変化を経ながら関わり続けるんだろうなと思っています。

上記いつメンの1人ことあをもみじ先生は本来2日目に来る予定はなかったのですが急遽午後入場してきました*8。本人曰く「2日目に行かないと終われない」とのことで、思わず頷いてしまいました*9がもうここまで侵食されちゃったか……という気分です。そしてそのまま冬コミ申し込むか……?とか言い出しました。まあそうなるよなとは思いますけど私は心配ですよあなたが。

などと言いながら私もC105への申し込みを行いました。次回は当選すれば鉄道島から一転、ブルアカで本を出させていただくことになります。ちさとし先生の次回作にご期待ください。

次にみなさんの前に出てくるのはCA25あたりかと思います。ということでまたその時にお会いしましょう!

*1:ちなみにそのことを書き込んだら1年前の即売会のレポートを放置しているとの返事が飛んできたりしました。みんな違ってみんな同じ。

*2:その人はC104に来ている様子がないの、悲しいなあ。

*3:即売会に申し込みすぎて周囲から匙を投げられたすいかもん先生(ただし今回は申し込んでいない)と、私と同じく限界同人していた国際単位系先生

*4:本人宅に前泊し、物理的に叩き起こす手法。前回・前々回の記事参照。

*5:しんどかったのはその通りだそう。当たり前だ。

*6:例えば  院試  卒論  この世には(以下略

*7:前々回「わたしとコミケ」参照。

*8:これが初めての一般参加とのこと。そんなことある?

*9:2日目の閉会には特別なものを感じます。年末開催である冬コミが顕著ですが、夏コミにおいてもそんなところはあります。儀式みたいなものだと認識しています。実際、2日目に行きだしてからは全ての回で閉会まで会場にいました。

わたしと同人とコミアカと2023

こんにちは、ちさとしです。

もう今年のアドカレ分は終わってるはず……なのですが、今年からの新企画「UTDoujin Advent Calendar」にコミアカの顔として何か書かずにいられるかということで、怒りの記事追加です。もう少しだけお楽しみください。

adventar.org

(おそらく年末に書いたであろう原文ママ

 

 

まずはじめに

これを読んでください

cst-oshino.hatenablog.com

C101参加記のつもりで今年の初めに書いた記事で、今から話す内容の前提になっています。余計な情報も多いですが、丸一日潰して書いた多分過去一の大作なので読めるところだけでも読んでいただけると幸いです。

第1章:CA22~春の工学部8号館に

動き出す自分

年始の目標を再掲します。以前の記事でもこれについて言及していましたが、とにかくどういう形でもいいからアウトプットすることという意味だ、という結論になりました。実際に、そのように動いていきます。

2023年最初の関門はぼざろ合同誌「結ぶ、束ねる。」でした。Micare2をはじめ何度も逃げてきた「記事の寄稿」から今度こそは逃げないぞという決意のもと、若干の締切破壊を経てついに完成に至ります。

その中身は「ぼっちちゃんの通学経路候補をひたすら列挙する」という、なんとも浅いものではありましたがこれが意外と高評価だったようであり(元々評価などどうでもいいとか思ってたくせに)安堵するなどしていました。とりあえず目標の10%くらいは満たせたかな。あとちゃっかり北海道上陸を達成していました。

コミアカの新しい風

2023年春、コミックアカデミーは多数の新入部員を迎え入れることに成功します。一気に下級生の割合が高まりフレッシュな雰囲気となるなかで迎えた五月祭・コミックアカデミー22。ここでも、以前自前の本の中身として考えていた内容をコミアカ合同誌に寄稿することにより、早くも2つめのアウトプットを達成します。

……実のところ自分はそれほど貢献できたわけではありません。合同誌寄稿以外、前回とやってることはほとんど変わりませんでしたので。ただ、参加サークルさんのほうにもプラスの動きが多数観測され、そのいくらかには影響を与えられたかもしれないと考えれば、まあ悪くはなかったんじゃないかと思います。もしかするとここで満足にできなかったことが後々の伏線になっているのかも……?*1

第2章:C102~遥か224日のボヤージュ

きら同3年目の挑戦

夏のコミックマーケット102に向けては、きら同でライトな寄稿を多めに迎えたスピンオフ「Micare 2.5」を発行することになります。私はそのデザイン担当の一人に名を連ねました。このMicare2.5は前回むすたばでの「個々の内容に合わせた変幻自在の装丁」を発展させたうえで今までにない試みとして、

  • 複数人によるデザインチーム
  • 用紙を変えた特殊装丁

を行い、その参加者は寄稿・装丁・校閲を合わせて過去最多を数えました。新規獲得も目当てだったので門戸を広く開けたつもりでしたがなんとも賑やかな作品ができあがることになります。

要素が盛りだくさんになってしまった結果、ライトな本でありながらゴリゴリの実験作というおもしろ本が爆誕することになってしまいます(私自身も同時進行中だった別サークルの本(後述)の影響もあり感覚が麻痺していましたが、きら同は中身はともかくおもしろ装丁本サークルじゃないですよ!断じて!!)。

あと特にそういうつもりはなかったのですが、事実上の制作進行担当ということになっておりスケジュールと進行管理を担うことになります。ここで色々と自分の悪い面を出してしまった結果普通に修羅場になってしまいましたが*2、なんとか出版には漕ぎつけました。

このMicare 2.5の制作では自分自身の課題が浮き彫りになったという点が今までと違うところでしょうか。言ってしまえばずっとフリーライドだったわけで、運営側に回ったことでそれまで無視できていたところと向き合わざるを得なかったということになります。それに普段からの悪癖も重なってしまい……

  • ほかの人を気にしすぎた結果、自省が疎かになった
  • (自分が)いつも通りの直前仕上げから脱却できなかった
  • いつも通り忘れ物をしまくった

と、かなり悪いことをしてしまったなという感情があり複雑な気持ちで終えることになってしまいました。

回る灯台、光が降る

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このC102では別サークルのほうでも活動していました。詳しい話は上の記事に譲りますが、製本期間に関しては大学の4年間で一番青春したんじゃないかというくらいの1週間でした。私の青春って……

第3章:CA23&C103~繋がっていくその先へ

つくる、つながる、つづいていく

夏にあまりにも多くの罪を犯してしまった反省から、秋はあまり出しゃばらないように徹底してサポートに回ることにしました*3。コミアカの会計のほうも引き継ぎが決まり、それが終われば完全に老人ということにもなります。

もっとも配置決めについては代表が1年生で不慣れだったこともあり先導しましたが(そして文句を言われる)。

この時期になると案の定創作にかけられるリソースは目減りしており、思い返せば「サポートに回る」というよりは「サポートで手一杯」という状況で、コミアカに関しても当日以外は前述の配置くらいであまり動きませんでした。それでもみなさんに「場」を提供するのに携われたこと、前回に引き続き多くの方に楽しんでいただけたことはコミアカの顔*4冥利に尽きます。

私も即興合同誌には参加し、CA22合同誌の記事と同シリーズの徒歩記事を書きました。ここでも締切間際の滑り込みと学習能力のなさを露呈しながら……。

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(限界)年末行進曲

C103は卒論も間近となっていたこともあり自分から出すものは特にありませんでした。C102以降に発行され自分が関わった本も持ち込まれていないため、初参加以来初めて「自身の関わった創作物が新しく出ないコミケとなりました。

の割にいるのはここまで参加を続けてきたことで自分の中でコミケが年中行事化してしまい離れるに離れられなくなったこと、やはり人々と会う機会くらいは欲しいということ、などがあったんだと思います。それでも流石に厳しく、2日目だけの参加となりました。

ちょうど1年前と同様れんず先生の「幻像狂感光協会」で売り子するのですが、前回の反省を踏まえ本人の自宅に前泊して物理的に叩き起こすという策を発動。目論見通り、ちゃんと起床してビッグサイトへ向かうことに成功しました。

当日会場では色々なところに挨拶しに行きましたが、その過程でC104で新刊出す宣言をして逃げ道を封じたりもしていました。

そして終了後はいつものメンバーで打ち上げを行い2023年に別れを告げました。

「返していく」1年

年明けの目標であった「みなさんに返していく」というのは、自分がみなさんから受け取ったものに見合うだけのことをしたい、というものでした。その成果がこの1年間の創作物であったのだと思います。間違いなく、2022年よりは多くのものを世に出しました。決してうまくできたわけではありませんでした。それでも、出したものは割と好意的に受け取ってもらえたのは励みになりました。完璧ではないにせよ、「返す」こと自体はできたのではないかと思います。

しかしこれでは物足りないのもまた事実。次の1年は2023年よりは余裕ができる(と思われる)ため、ここに焦点を合わせて今度こそ完全なアウトプット*5を出したい。その思いから、2024年の目標を下のように立てました。

果たしてこの目標を達成できるのか。やるしかないでしょう。今度こそ。

この年は夏ごろに新たなコミュニティに参加、やはり同人活動をやっている人々が多くいたことでまた刺激を貰いました。次の1年ではそちらにも「返す、与える」をやっていきたいところですね、と考えていました。

最後に

冒頭の挨拶文の通り、本来この記事は2023年の暮れに出るはずでした。しかし諸事情でコミュニティから離れている時間が長くなっているうちに途中で止まっていることも忘れ、C104の記事を書こうとブログを開いてようやく気付くというありさまで、しかしC104レポートを書くには2023年が前提になるため慌てて書き上げることに。その結果このような公開時期になってしまいました。振り返りは熱いうちにちゃんとやろうね!(未だに放置してるCA24レポ―トから目を背けながら)

↑大遅刻とかそういう次元じゃなさすぎる。

C104レポートはこのあとすぐ出るはずです。多分。

 

*1:私は基本的にこのようなリベンジの行動原理で動いている人間です。

*2:締切2時間前とかだったと思います、最後の夜はオールだったのでよく覚えていますとも。

*3:卒論、というのは建前だった可能性もあります。そんな!

*4:ぎんなんまんさんから引き継いだという主張をしています。そんな役職が存在するのかは知りませんが。

*5:結局達成できなかった目標であるところの、新刊!

きら同秋田巡検(嘘)に行ってきました

こんにちは。ちさとしです。

 

今年もAdvent Calendarの季節になってまいりました。本記事は東大きら同Advent Calenderの6日目にあたります。

adventar.org

前日、5日目はすずか山麓先生による「京都きらら満喫記」。2日間に及ぶ大作の2本目です。叡電といえばきらら、きららといえば叡電というくらいには結びつきが強いですよね。

note.com

7日目はくろのす先生。現在放送中の「星屑テレパス」の聖地にて行われた見学会の参戦録だそうな。あれ?もしかしなくてもきららと灯台って関わり深い……?

 

まず最初に、期待されていた皆様には申し訳ないのですが今年の記事には限界のげの字もございませんついに真人間になれたか!?

 

今回の目的地:秋田県

 

恋アスにおける秋田県は、4巻以来あおの両親が住んでいる場所になります。地学的には、八郎潟干拓男鹿半島の各種ジオスポット、などが有名です。恋アス本編には鉱業博物館・秋田大学天文台・ロケット実験場・経緯度交会点標示塔といった場所が登場しますが、今回はそのうち経緯度交会点標示塔を訪問した話をします。

 

……なぜ一箇所だけ?という質問が飛んできそうですが、実のところ恋アスの聖地巡礼を目的に秋田へ行ったわけではなくたまたま寄ることになっただけで、そういう意味で題に(嘘)と付け加えられているのです。

 

そもそも経緯度交会点標示塔とは

緯度・経度は数字で表されますから、当然1の位が0のようなキリのいいところが存在します。しかし地球規模なので日本国内の陸地が取れる緯度・経度はごく限られた範囲でしかありません。そんななかで国内唯一「10度単位で経緯度線同士が交差する場所」がこの秋田県大潟村にあるのです*1

www.vill.ogata.akita.jp

この大潟村、1960年代ごろより「八郎潟干拓」によって陸揚げされた土地でもあります。つまりそれ以前はこの交差地も湖の底でしたから、前述のようなキリのいい場所は存在しなかったわけです。

ちなみに、前述したとおり男鹿半島にはこのほかにも多数のジオスポット(恋アスで紹介されていないものも含む)があります。紹介のあった男鹿なまはげ館もございます。気になる方、是非行ってみてはいかがでしょうか。

男鹿半島のジオスポットについては記事の最後に写真をいくつか載せていますのでご参考に。

実際に行ってみた

記念塔(本物)

4巻のおまけページで書かれている通り、あたりは見渡す限り田んぼです。塔へ続く道への入り口には看板で案内がありますが、そこから車でも数分程度以上かかるほど長くなっています。道には街灯もろくについていないので、夕夜間に訪れてああなるのも無理ない*2といったところ。そもそも件の道が舗装されていない農道であり、それなりに有名な記念碑的なものが置かれている場所として相当異質ではあります。

まあとても歩いていけるような場所ではありません(し実際私も流石に歩きでは行っていない)が手段が用意できるならば行ってみてはいかがでしょう。

おまけ1:男鹿半島のジオスポットたち

※諸般の事情により紹介したい全部を用意することができなかったので、随時追加ということにさせてください。

日本一低い山こと大潟富士

目潟(マール)

「入道崎」には北緯40度線に沿ってモニュメントが並んでいます

入道崎灯台。また灯台ですかぁ!!?

ところでさっきロケット実験場と言いましたね。星テレ案件!?

入道崎灯台は登ることができますので、灯台好きの方はこちらもどうぞ。交会点よりは圧倒的に行きやすいはず。

*1:実際には塔のある場所から多少ずれているとのこと。

*2:Quro先生は夕方に取材に行ったそうです。おまけページより

わたしとコミケ

こんにちは、ちさとしです。

C101に参加したみなさまが次々と体験記を上げていたので、私もこのビッグウェーブに乗ることとし、これまでコミケに出て思ったことを綴ります。

 

......というつもりでしたが、関係ないことも絡んで記事が妙に肥大してしまいました。ゆるくご覧ください。

 

demenchia.hatenablog.com

※本文中の「宇田」はこの人です↑。

note.com

sueakiyama.github.io

poyanpoyan.hatenablog.com

↑みなさんの参加記です

 

 

~C98・コミケを知るまで

コミックマーケットの認知

コミケというイベントを認知したのは高校生の頃でした。Twitterを始めて最初のコミケはC94(2018年夏)。そこから計4回、画面越しにその様子を眺めていました。私は地方人であり、またオタク・コンテンツも全くと言っていいほど知らず、年末年始やお盆というできるだけ実家で(あるいは、ゆっくり)過ごしたい時期に東京まで行くという気もなかなか起こらないもので。遠巻きに眺めるだけでも全然楽しいし、私にはこれくらいでいいかな......などと思っていました。

コミックマーケットの消滅

ただ、高校同期がコミケに参戦していることがわかってきてから徐々に自分の中の気持ちが変わってきました。その頃から各種のオタクコンテンツを漁るようになり、同人誌としてしか得られない何かを得に行きたいと考えるようになりました。そして、2020年のC98はGW開催。年末年始やお盆と違い、GWは普通に移動をしていたこともあり足を引っ張る考えはなし。さらにさらに東京の大学に受かったことにより、参戦コストも大幅に低下。私のコミケ参戦を阻むものは何もなくなったかに思えました。

 

 

 

......しかし、私がC98に参戦することはありませんでした。

 

www.comiket.co.jp

C98そのものが消滅してしまったからです*1

こうして私のコミケ参戦はお預けとなってしまいました。さらには外出前提の趣味だったこともあり、コロナ禍初期の楽しい記憶は路面電車南北直通を最後に途切れ、虚無の1年を過ごすことに。そして次のC99はいつ開催されるかわからない状況。そのうちにオタク活動への意欲も徐々に薄れていき......

 

C99・念願の初参加

最初の転機

2021年に入ると転機が訪れました。東大きらら同好会への加入です。きらら自体はジャンルとして2018年頃に認知、きらファンを通じて一気に多数の作品を知っていた中でした。最初は参加を憚っていたものの、昔から認知していたツイッタラーが複数おり、彼らとの関係も持ちたいという邪な思いも手伝い一気に加入。同人活動を行うサークルに入ったことでコミケへの気持ちが再燃しました。

 

utkiraracircle.hatenablog.com

↑きららファンタジアに対する思いです。併せてどうぞ。

 

即売会初参加、そして

そして同年10月24日、よんこま文化祭にて即売会初参加を果たします。本当に楽しい空間で、コミケに出るぞ!という気持ちがいよいよ固まってきました。私は文章が書けませんし、絵なんて尚更です。しかしきら同の次の本はフルカラー本ということで、写真を掲載という形で寄稿に至ります。初のコミケ参戦で自分の作品も世に(?)出るという中々なさそうな体験になることに。

このC99に向けて作業などするなかで新しい人間関係なんかも生まれてきて、自分の居場所ができてきた!と感じはじめました。Twitterのほうも色々踏ん切りがついてcst_oshinoが本体となったことも関係構築を加速させたと思います。

それで一昨年(一昨年!?)12月のアドベントカレンダーです。ここで他の会員各位、特に今まで手の届かないところにいた人々とようやく肩を並べた(実際には並んでない)気持ちになり、自分の中の承認欲求モンスターを一体討伐できました。いい話!

cst-oshino.hatenablog.com

そして写真を取り急ぎ回収し、本を仕上げてもらいました。

PANCHROMATIC。これが私にとって、初寄稿という意味で「出発点」です。

utkiraracircle.github.io

そんなこんなでついにC99前日。

とうとうビッグサイトが実体化しました。コミケ認知から実に3年半経っており、込み上げてくるものがありました。いよいよ行けるんだな......

12/29は多くの会社が年末年始休みに入るなか平日ダイヤなので、夕方の下り京王特急がガラガラという珍しい事態に遭遇していました*2

C99当日

チケットは8:30が指定されており、微妙に寝坊しながら9:00手前に集合場所に到達。厳しい人数制限があるにもかかわらず並ぶ人の多さにただただ圧倒されました。

途中スペースで売り子もやりました。これが初の売り子経験。自分が寄稿した本が目の前で誰かに買われていく姿というのは、人の手に渡る嬉しさ、自分の制御できない場所へ飛んでいく不安が合わさって見て不思議な感情になったものです。

東西冷戦ネタをはじめ、リアルな「オタク思考」を目の当たりにして気分が大いに高揚していました。気がつけば閉会時刻となり、あっという間に撤収となってしまいました。終わってみれば残ったものは

しかし同人誌を著者、あるいは関係のある売り子さんから直接受け取るというのはやはり違いました。このような「場」に今後も参加していたい、そんな気持ちになって気付けば帰省することなく年を越していました*3

このC99(A)、きら同に入ってほぼ半年という中で開催日になったわけですが、こんな素性もわからない人間と色々関わってくれてありがとうの気持ちがただひたすらに増幅されていました。

C100・第一の挑戦

本を出すということ

2022年になると、きら同の複数の人々*4が自分のサークルを持って同人活動を開始していきます。私は彼らが参加したコミティア139へ向かい、多種多様な同人誌を目の当たりにします。C99では2日目の参戦が叶わず本命の鉄道島や旅行島へ行けなかったのでそういった場所を回るのは初めてとなり、たくさんの刺激をもらってきました。そこで思ったのはもう軽率に同人活動始めてしまってよいのではないかということ。自分の中にある独自かもしれない視点・対象をもってすればすぐにでも本を出せるのでは?などとこの時は思っていました。まあ身近な人が本出してるの見ればこういう感情にもなります。

コミックアカデミー

春にはコミックアカデミーに加入しました。学祭(五月祭、駒場祭)で同人誌即売会を運営するサークルで、前述のティアを経ての運営・裏方にも携わりたいという気持ちと何やら危機に瀕しているという話を聞いてかなり軽率に入りました。そこには同人活動をする東大生・OBが集まり出展をしています。これもまた刺激になりました。小さな空間で全サークルを見ることができるので視野が大きく広がる、というのもあります。

何よりこのくらいの小さな空間ならほとんど委縮することなく本を出せる!という気持ちになれたのは大きいです。結局現時点でコミアカ合同誌含め自分からは何も出していませんが......

Micare vol. 2

それから夏コミへ向けた諸々が始まります。私は早いうちからMicare2への参加を表明していましたが、結局落としてしまいコラムのみの参加に。とはいえ参加していることには変わりないですし、C100は自分の行きたいジャンルのほとんどがきら同の出る1日目に集結していて、これは参加するしかない、となりチケットを購入、当選して2回連続2度目の参加に至ります。

C100当日

前回より1時間遅い枠なのをいいことに4時くらいまで起きており、案の定ギリギリに。そしてバッチリ忘れ物しました。

到着したのは、去年の冬と同じ場所。

この日は台風接近で雨の可能性がありましたが、待機中は特に何も起こらず。

↑私より少し前で待機していたけいえぬさん

↑のツイートを受けたツイート

しかし列が動き出そうというとき、上空の雲がものすごい速度で動き出して一気に暗くなり突然の降雨。雨傘の取り出しが遅れてしまい下半身・リュックずぶ濡れ、ぼっちちゃん*5剥離という被害を受けてしまいました。

1日目にすべてが詰まっていたということもありバラエティに富んだ戦利品になった気がします。ついでにあをもみじ先生から色紙を頂きました。

↑「ちさと」なので。

終了後オタクが次々と次回C101の申込書一式を得ようとしてて私もこの波に乗ろうかと思いましたが、如何せん構想が全然できてないという理由で回避することに。しかし......

冬から春にかけて知り合った同学のひとびとがサークル申込をしているのを目の当たりにしました。いつの間にか先を越されていた、あるいはもとから私の先にいたんでしょうか。しかし周囲に同人活動をやる人が増えると当然私自身の意欲も増すわけで。一時は駒場祭や2月ティアあたりに参加しようとも考えていました。

即売会付近の時期というのは誰しもこういう気持ちになるのかもしれませんね。

C101・初のサークル側参戦と、それから

同人活動、はじめますか?

私の知り合いがコミケに申し込み締め切りを生成するなか私だけは結局何にも申し込まず、申し訳ないので何かしよう!と思いつつまず個人サークル名をあれこれ考えますがどれもしっくり来ず。最終的に自身の過去ハンネから「河川敷観測所」が選ばれました。しかし十音というのは言いにくいもので決定後も全然迷いましたが。

何かできれば委託でもしようかと思いましたが、結局何もできなかったので何もしませんでした。はい。

初のサークル入場、両日参戦へ

前回C100と違い、再びきらら島(とあをもみじ先生のリコリコ・宇田先生のウマ娘・すいかもん先生の音楽)と鉄道・旅行・評論情報が別日になってしまいました。しかし今回はれんず先生のサークル(2日目)で売り子をすることになり、1日目の一般入場とあわせ初のフル参戦が実現しました。サークル入場も初です。

この時点では私はただ売り子をするだけでした。とはいえTwitterのFFなどで同様に売り子をするという方がいてその方に名札付きで名乗れるという点で違いはありましたが。

突然の宣言

ところが何を思ったのか、当日まで1週間を切った段階でこんな発言をしてしまいます。

とはいってもブログで名前をまとめて何かコメントするだけのつもりでした。が......

国際単位系さん(宇田先生のスペースで売り子をする予定)にこのツイートを拾われてしまいます。これによってペーパーとして出すか......?という気持ちが生えてきます。個人サークル最初の出版物が宇田いじりになってしまうかもしれない、そんな状況に。

地獄の果てまで進軍だー!(白目)

宣言した上に謎の期待(?)をされてしまった以上、作らないわけにはいきません。

許可

本人からも許可を得ました。

レポートも抱えている中、最終的にはほとんど何も考えなくていいハンネ表だけを刷って持っていくことにしました。

宇田先生は何度も締め切りを破りながら、コピー本にしながらもどうにか新刊を完成させるに至ります。

それを見届けながら、ハンネ表の作成作業に入ります。まさかコミケ前日の夜にペーパー作業に入り、私がデスマの最後に滑り込むとは誰が予想したでしょうか。

いくら単純作業とはいえ、300を優に超えるハンネ数です。打ち込むだけでも一苦労です。収まりの問題もあります。さらには全然使ったことないソフトです。単純作業なんて言ってすみませんでした!気がつけばろくにサクチェもできないまま当日の4時になっていました。

その段階になっても表が完成しただけ*6で、とても本にはできません。どのみち1日目は本としては出せませんし、とりあえず表だけ印刷して天然ウナギ専門店*7まで持っていくことに。最後に表に載せられなかったLv. 1 理一を無理やり捩じ込んで、眠りにつくこととしました。

すーさんやぽゃんさん*8などが無事に起床したのを見届けての就寝でしたが、驚くなかれ私も二人も同じコミケ1日目参加者です。本当、どうしてこうなってしまったのやら......

C101 1日目

指定時刻はC99Aと同じ8:30でしたが、4時を過ぎて寝た人間が間に合うはずもなく、待機列までたどり着いた時には9:48となっていました。京王線りんかい線も意外と混んでおらず、新宿駅の人もまばらで乗り換えは意外とあっさりいきました。

そしてまたしてもカメラを忘れました。にこみ合同は今日なのに、なんてことを*9......

ハンネ表は起きてから刷ったので問題なく鞄の中でした。

前回と違い天気も気温もいい感じで、何事もなく入場時刻を迎え入場しました。心なしか、前回より人が多い気がしました。あをもみじ先生、にこみ合同、えんでん先生、すいかもん先生と東の知り合いのサークルを一通り回った後、西へ向かいます。

差し入れ

宇田先生のスペースに到着。12時くらいだったと思います。いろいろ話をした後、問題のハンネ表を渡します。Lv. 1 理一がすぐ"理解られた"のでよかったです。

睡眠時間も短いので、あとはきらら島あたりを少し回り、自分史上最速の13:40に撤退しました*10ゆりかもめ有楽町線丸ノ内線で新宿に戻りましたが、永田町→赤坂見附の乗り換えが思ったより身体にきました......*11

結局最後までサクチェしなかったせいで回れなかったところが多く、申し訳ない気持ちだらけです......

これで おわったつもりか? まだ なにも おわっていない・・・

まだハンネ表を諦めてはいません。

見本誌提出まわりが色々面倒*12なので「コミケで」頒布するかどうかは決めていませんでしたが、冊子状にはしたかったのでもう少し頑張ることにしました。

帰ってきて倒れ、再び起き上がったのは19時。なんと広義前日作成した表のうち1ページのデータが上書きにより消滅していた*13ため、再び虚無の打ち込み作業から始まりました。時間に余裕があるからとgalaxさん*14のスペースで駄弁ったりもしながら表紙と奥付を作成。Lv. 1 理一くんには表紙を飾ってもらうことになりました*15。そして、ついに個人サークル名を打ち込みました。結局、「河川敷観測所」にしました。

1日目の反省を踏まえ、早めかつ準備をしての就寝です。サークル入場する以上早起きしないといけないし。

ところでこっちはまだ寝る気配ないんだけど大丈夫かな......?

いよいよ明日がコミケ本番ですよ!むっちゃドキドキしてきた…。

迎えた2日目、そして大晦日。昨日と同様に印刷をしてから向かいます。

京王線が若干遅れましたが、新宿駅に誰もいなかったおかげで所定の乗り換えに成功、2日連続の国際展示場駅へ向かいます。大井町から大量に乗ってきて昨日から一変満員電車、そしてそのほぼ全員が国展で降りていきました。

一方れんず先生はこのツイートを最後に動きがありません。もしや......と思いながら会場へ。

ぼっち・ざ・設営

スペース到着は8:00丁度。そこから自分の持ってきたものと、前日に置いていかれた分とを組み立てていきます。しかし見本誌を持っているれんず先生がいないのでここで私がいくら頑張っても設営は終わりません。

最初に入ったエリアが人もまばらなのは新鮮でした。隣のスペースの方に挨拶も済ませ、ほかの知り合いの設営の様子も(Twitter経由で)確認したり。

そして......

おそようございます

まあこのくらいは想定内です。時間があるのでハンネ表を配るかどうか考えます。

考えた末、配布を決断。見本誌票を貰って貼り付けます。この間頭の中でずっと乾いた笑いを上げていました。会場全体を見渡しても相当狂った頒布物になるのではないでしょうか(もっと狂ったものを見つけたという方は是非教えてください)。

開催!ビッグサイト同人誌即売会

れんず先生はなんとか間に合い、先程見本誌票を貼り付けたハンネ表1部は運営の元へ旅立っていきました。残りの設営も済ませ、ツイートしたところで開会およそ10分前でした。開会時刻が繰り下がっていなければアウトでした

ともあれ、初のサークル参加で迎えるコミケ2日目が幕を開けました。

ワールドツアー

まず挨拶したかったサークルさんを回ります。最初の立命館大学鉄道研究会さんは100ページ超の同人誌を何度も刊行しており、勝手に敗北感を感じていました。

配線略図.netさんにもお邪魔しました。ハンネ表を作る遠因になった方(後述)もいらっしゃるので。私、コミアカの代表ではないんですが......

思ったのは意外と回る時間がないこと。この日はついに東ホールから出ることができませんでした。"東側"のサークルなので縛られたともいえます。

 

ハンネ表もほんの少しですが出ていきました。パンクロ*16が売れた時とはまた別の感情がありました。他人をネタにしているとはいえ1から作ったモノですから。

そして......

時間が流れるのは本当に速く、ついに閉会の時を迎えました。こうして初めて尽くしのC101は終わりを迎えたのでした。

鉄道島の近くだったので、最後に鉄道島文化*17を味わって撤収となりました。

2日間で今までもお会いした方々のほか黒部五郎さん(@sankaibuta)、れたすさん(@fairy_lettuce)、いのししさん(@shishi_zibie)、Nさん(@Sprechchor_)といった方々とは初めてお話しできました。これは本当に嬉しかったです。サークル参加をある種盾に使ってた感はありますが......

心残りはやはり自分のスペースではなかったことです。いずれは自分のサークルで出て本に関わる内容についてあれこれ語り合いたいな、とも思いました。

オタクたちは打ち上げがしたい ~ 新年の誓い

最後に合流したあをもみじ先生・真鯛先生・えんでん先生と5人で打ち上げ*18。互いの戦利品を並べて写真を撮ったりしていました。

そして新年を迎え、初詣に行きました。実は一般的な初詣をするのは初めてだったりします。

昨年タグツイで言ってたこと*19+αを祈り、新年の誓いとしました。

それからようやく帰宅。長い長いC101が完全に終わりを告げたのでした。

最後に

3度のコミケを経て

国際単位系さんは「コミケは大人の文化祭だ」と言っていましたが、考えてみれば全くその通りだなと頷かざるを得ません。私の高校は文化祭がショボい()ので単純に結び付けられるかと言ったらNOではありますが、代わりに大学の学祭の大人版みたいなものと思うことにしましょう。

コミケの場では対面のコミュニケーションが発生します。文章でしかやりとりしたことがない、あるいは関わりすらない相手に何かしら声をかけ、場合によっては盛り上がることもできます。会話中の突然の話題転換って文章だと限られてきませんか*20

認知から3年で参戦を果たし、それから3回目。コミケに限らずこういう場に立つと「自分も創作がやりたい」という気持ちが湧いてきますが(n回目)、その中でももっとも有名で巨大な即売会ですから影響も大きいです。また、コミケ参加を機に創作意欲に支配された人を観測しました。そう考えるとコミケの雰囲気は本当に我々を呑んで不可逆変化を起こさせる触媒になっているのかもしれませんね。

動き出す世界、動けない自分、動かす力

2022年の下半期は周囲が一気に変化しました。前述のように同人活動を始める知り合いの増加に、画像生成AIの登場。AI絡みの話では絵描きの知り合いの間で激震が走り、絵は描いてないし今までであればスルーしたかもしれない話題なのに自分にも関わることのように感じました。

周囲は冬コミやその他諸々に向けて進捗を出すなどしているなか、私は相変わらず自分から何かをやろうとしないまま、ただタスクをこなして生きているだけ。そのタスクもTwitterで発狂する程度の余裕は残されていて。

動けないのではなく、ただ動いていないだけの、何でもない存在。

そう分かっているのに、どうして何もできないのか。そうして振り出しに戻る。もう何度目かも分からないループ。同人活動というのは私が考えていたほど甘くない(当たり前)。ここにきてもう一度思い出すのです、思考をカタチにしてきた人々がどれほど苦しんでいたか、合同誌に参加するような「仲間」がどれほど偉大か。

cst_oshinoが本体になって1年くらい、カスウォークや宇田のハンネ記録など色々なことをやってきましたが、考えてみればどれも先人の存在がありました。何より、どれも自己満止まりであり、視野が狭い。

この最初のカスウォークも......

これに刺激を受けたもの。

ハンネの変更記録。

自動化したのは宇田氏との会話がきっかけだったし、

そもそも始めたのはたわんおーくさん。

ハンネ表の大元のアイデアもここからきています*21

考えてみれば何かをやろうとするとき、そこには必ず誰かの足跡か、手助けがありました。結局、そういうものです。まーしーさんも私が勝手に真似したというのにカスウォークを応援してくださっています。ハンネ記録も誰かが既にやっていることで障壁が下がっていましたし、何より宇田氏本人が(記録開始時点ではお互い顔も知らず、絡みもほとんどなかった)私にこんな遊びをすることを容認してくださったことが大きいです。

他者の存在のありがたみは、合同誌に寄稿してあとは丸投げしていた頃はあまりに気にしませんでしたが、いざ自分で何かをしようとしたとき心から感じるのだなと。

みなさんのおかげで、何でもないはずの自分に色がついた。

本当にありがたいことです。

自分一人で得られる刺激は限られています。得たとしても実際に保存できるものはもっと少ないです。こう、人との相互作用でしか得られない何かがあるな、これを3度のコミケの合間にひしひしと感じる次第だったのです。

awomomiji.fanbox.cc

↑きら同の本などの装丁をしてくださっているあをもみじ先生(@awomomiji)による文章です。視点は違いますが「他人から得られるもの」について書いてあります。読んでください。

私はここにいる

私の去年の目標です。あまり考えずに適当に書いたつもりでしたが、今その意味を考え直しています。

2021年はきら同などを経て新しい繋がりができた年、私が「ちさとし」として再出発した年でした。その繋がりを掴んで放してなるものか、という思いがそこにあったのだと。

年明けからはTwitterで薄い関係だった人々と関わりを深め、その周りの人にまで広げていきました。怪しい人だったことでしょう、私はどの界隈から見ても遅参者ですし、大学以外まともな所属判断要素に乏しかったですし、ハンネは変わるし、変なツイ―トしかしてませんし。

それでもみなさんは(少なくとも表向きには)私を特に奇異の目で見たりもせず、私に温かく接してくださいました。これは現実(学科など)で関わる方々もそうですが、世界はこんなにも優しさで包まれているのかと過去や未来を忘れてしまうくらいには。そんなみなさんに私も全力で"愛"を送った。無下にしていいわけがないのです。

みなさんにとって私は一人の同期、友人、FF、先輩や後輩、等々に過ぎないのかもしれませんが、コロナ禍でなかなか人間関係が構築できなかったこともありそんななかで拾ってくださったみなさんはそれぞれが掛け替えのない存在なのです。

駒場祭やC101は1年間の活動の「答え」が返ってきたのだと思います。それまでに築いた関係をきっかけとして、祭りの「場」をみなさんと共に楽しむことができました。「コミアカ来い!」などにも応じてもらえましたし、私もみなさんのところで歓迎してもらえました。

改めて目標を見直します。あなたは人との繋がりを大切にできましたか?という問いに、自信をもって「はい」と答えられると思います。

 

 

そして、今年2023年の目標は次のようにしました。

みなさんに返していくこと。2022年はみなさんから頂いた刺激に対して十分なアウトプットができたとはいえません(できていれば「動き出す~」に書いたような悩みはないでしょう)。

別に創作活動・同人活動でなければならないとは考えていません。というのも、そうもいかない事情*22が今年はあるからです。それでも、私ができる範囲のことをします。とはいえ「必須」の冠がつかないと何もできないのでそこの対策は講じながらです。

そしてこの目標にはもう一つ意味を込めました(後付け)。それは自分の確立。大学に入って3年近く経ち、多様な背景をもつみなさんと関わる中で「自分(の考え)がない」*23という悩みが膨れ上がっていて、みなさんに返していくこと(アウトプット)を通じてそこにメスを入れていけたらな......という願望です。

 

参加記のはずが最後は自分語りのようになってしまい申し訳ありません。遅くなりましたが、2022年に私と関わりを持ってくださった全てのみなさんに目一杯の感謝を送りたいと思います。ありがとう!

そしてこんな幼稚で衝動的で飽き性な私をどうか今年もよろしくお願い致します......!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1:厳密には、対面開催が中止となっただけでエアコミケとして開催されました。しかしそれでは自分にとっては今までのコミケと何も変わりませんでした。

*2:この現象は8/13あたりにも起こることがあります。

*3:成人式に出るため結局年明けに帰省はしています。

*4:あをもみじ先生(@awomomiji)やふぁぼん先生(@syobon_hinata)。

*5:きらら展グッズのぼっちちゃん財布。

*6:ちなみに、表の大きさなどは特に考えずに作っていました。本当に偶然3ページで収まったのです

*7:宇田まなと先生のスペース。

*8:すーさん=すいかもん先生。二人とも、サークル「逆たまごかけごはん」で1日目に参加していました。コスプレよきでした。

*9:カメラに放すと×ぎんしおアクキー(あをもみじ先生作)を装着していたため、持っていきたかったのです。

*10:今まではサークルスペースに居場所がありましたが、今回はなかったというのも一つの理由。これまではすべて閉会までいました。

*11:三が日有楽町線カスウォークの帰りに使ったルートのはずですが、そのときよりしんどく感じました。逆にキツ過ぎて記憶が飛んでいたという説もあります。

*12:ペーパーは見本誌提出不要ですが、折った瞬間に本扱いとなり、生贄を出さなければいけなくなります。

*13:これ自体は前日の作成完了時に気付いていました。

*14:大学同期。2日目のサークルスペースにも来てくださいました。

*15:宇田氏に差し出したペーパーで配置されていた場所を奥付で使うことになったため。

*16:きら同の合同誌PANCHROMATIC。上述。

*17:駒場祭のコミアカで既に見ていましたが、この巨大会場で為されるそれは迫力が違いました。

*18:打ち上げに至るまでいろいろありましたが、ここでは省略します。

*19:新刊出す! と 北海道上陸!

*20:ボイチャならそうでもないですが、そもそもボイチャで繋がるのは難しく......

*21:最初の「宇田まなとこの一年」という名前の案。

*22:院試など......

*23:正直、創作関係の悩みよりこっちの方が数倍大きいまであります。